タレこそ正義だった、あの頃。

ライフスタイル

子どもの頃は、タレこそ正義だった。

あの甘辛く濃厚な美味さを、口いっぱいに頬張るほど幸せを感じていた。

それがいつの間にか、塩を頼むようになった。

なぜだ。

私はいつから、こんな大人になった。

特に変わってしまったのは、焼き鳥である。

ねぎまもハツも、砂肝もモモも皮も、気づけば頼むメニューが塩のオンパレードなのだ。

きっかけはたぶん、「塩で食べる自分、ちょっと大人っぽいやん」と思っていた時期だろう。

濃い味は子どもっぽい。

さっぱりした塩味で満足するほうが、大人っぽくて通な感じがしたのだ。

そして、ビールやハイボール、日本酒など、お酒を飲むようになると、これがまた塩に合う。

肉の旨みが噛むほどにジュワッと出てきて、そこに酒をぐいっと飲む。

口の中で肉と酒が戯れだしたら、もう口の中は舞踏会である。

ただ、タレが嫌いになったわけではない。

とくにレバーはタレじゃなきゃダメだ。

それに、たまにタレの焼き鳥を食べると、やっぱりうまい。

「なんだ、私まだタレも好きやん」と思う。

それでも、焼き鳥屋で最初に「塩で」と言うようになった。

塩がうまい店は信用できる。

今のところ、これが私のルールである。

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